


2011.08.16
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早いものですね。あっという間の5ヶ月でした。
ここまでいろんなことをみんなで試してきましたが、
この日は<おさらい>の意味を込めて、<ハレ>の場・松代文化ホールの舞台上に、
必殺ブルーシートを敷き詰め、TOMOYAさんと一緒に<ライブペインティング>に挑戦しました。
今回の私(館長)は、最初から最後までビデオ撮影班―、
ファインダー越しにみなさんの姿を眺めながら、またいろんなことを考えさせられました。
動画は、TOMOYAさんのブログhttp://tomoyaarts.naganoblog.jp/e798326.htmlにてご覧いただけますので、是非!
そして、今日の館長ブログはほんの少しだけ本編から脱線してみようと思います。 (感想文みたいでスミマセン。)
この企画を始めて以来、しばしば考えてきたことです―、
人が<絵>を描くことの目的とは何なんでしょう。
例えばプロを目指す人にとって、それは最終的に、自分のスタイル(作風)や技法を
確立することだということはあるかもしれませんし―、
では、そうではなくて、<絵>を自分のイメージ通り、
自由に楽しく描けるようになりたいということが単に目的だとしたら―、
自分の描き方を体系化したり、明確化するようなことは本来は不要なことなのかもしれません。
そして、明確な体系を既にもつスタイルや技法と、
まだあまりにも輪郭のあいまいな状態のものとがあって、
さてどちらがより遠くに行く作品を生み出す可能性を秘めているかといえば、
それは後者なのではないかと、素人ながら、私は思います。
(実際のところ、私には<絵>の上手・下手ということがよくはわからないので。)
ただ同時に、もし今までとは明らかに違う何かを描きだしたいという欲求が生まれようとしているときには、
自分の今の描き方を明確化することが一つの助けになって、そこから何か新しい意味を探し出しうるのかもしれません。
これまでの講座や、今回のライブペインティングを観ながら、私が強く強く感じたことは、
どんな小さなこどもにだって「描く」という行為の未然には、こどもなりの<イメージ>がある―、ということでした。
<点>という小さな空間のなかに複雑な色の混じり合いを生み出す子―、
輪ゴムをはじく遊びから、予測不能な絵の具の軌跡を<模様>として描き出す子―、
5指をピアノを弾くように使って、砂場の砂の質感を引き出そうとする子―、
足の裏を筆代わりに、キャンバスの枠を超えて力強く色を塗りつぶす子―、
そこにはインスピレーションがあり、そこから偶然では片付けられないプロセスをたどって、
<ゆるやかに定式化>されていくように感じました。
そして、小学生以上のこどもたちには、与えられたフレームを明確に意識し、
空間を構成しようとする自分なりの<描き方>が既に存在しているように思いました。
クレヨンと絵の具を駆使し、その画材をバランス良く使って具象的に描く子―、
アウトラインによって生み出した形に新しい意味づけを与えながら発展的に描く子―、
色彩とかたちの対置を強く意識して文法的に考えながら構成する子―、
そうした自分なりの<描き方>を踏まえたうえで、じゃあどうやって今よりも遠くへ行けるものか?
小学生以上のこどもたちそれぞれの<絵>に、明らかに一度、描き上げたと思われる地点から
さらに描き加えられた<模索>の痕のようなものが、時折感じられました。
こうした体験を通して、こどもたちに何がもたらされるかということについては、正直よくわかりません。
ただ、その場に立ち会わせていただいた私自身には、みなさんの作業からたくさんのものがもたらされたように思います。
単に勝手気ままに<絵>を描く教室ということでは出会うことのなかったであろう、二つの力―、
一人一人のこどもたちの持つ<イメージ>の力と、<かたち>を突き破ろうとする力―、
正直、とてもうらやましいです。もう一度、こどもに戻りたい(笑)
もしかすると、TOMOYAさんと<絵>の30数年がぎっしりと詰まったこの取り組みによって、
いつかTOMOYAさんも知らない<何か>が芽を出すのかも知れないな~と勝手に想像したりします。
長々と脱線してしまいました。
さて、<後期>はおそらく二つのグループに別れて活動することになると思います。
ここからまた、いったいどんなことが始まるのやら。
お父さん、お母さんからいただいた、たくさんのメッセージも しっかり参考にさせていただきます。
TOMOYAさんとともに、
<後期>もまたみなさんと遊べることを楽しみにしています!